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​身近な風景

執筆者の写真tokyosalamander

蛇にまつわる人々②

更新日:1月6日

2025年1月5日(日)新シリーズ「蛇にまつわる人々」の二人目は、ジャパン・スネークセンターを運営している一般財団法人「日本蛇族学術研究所(蛇研)」の主任研究員である堺 淳(さかい・あつし)さんです。

堺さんは昨年度までの10年間、足利大学の看護学部で「生物学」の講義を担当されていました。実は私は今年度から、堺さんが担当されていた「生物学」の講義を引き継いで担当しています。堺さんは私の前任者でヘビの専門家でもありますので、一度、じっくりとお話をお聞きしたいと思っていました。「蛇にまつわる人々」を構想した時、真っ先に頭に浮かんだ方でした。1月4日(土)、群馬県太田市薮塚町にある「ジャパン・スネークセンター」を訪ねました。


ジャパン・スネークセンターは、一般財団法人「日本蛇族学術研究所(蛇研)」が運営するヘビ専門の動物園・研究施設として1965年に開園しました。


1904年にハブ毒の治療血清が作られ、翌年に沖縄と奄美群島で初めて治療に用いられました。これ以降、国策として抗毒血清の研究が活発に行われるようになりました。終戦後は、熱帯医学の調査研究、ハブの生態や咬傷に関する研究が盛んになりました。


こうした研究を支援・協力してくれたのがマムシ酒を製造販売する「陶陶酒(とうとうしゅ)本舗」の社長で、1965年に「陶陶酒蛇族研究所」が誕生しました。当初は薬用酒の原料となるマムシの養殖や品質向上などの研究から始まりましたが、やがて、世界のヘビを展示するなど、ヘビの生態やヘビ毒に関する研究が行われるようになりました。当時は、東大、群馬大、熊本大、鹿児島大、さらには海外からの研究者が名を連ねました。

また、ヘビ毒の血清の研究は多くのヘビの犠牲で成り立っていることから、1971年に多摩美術大学の建畠覚造教授が設計した「白蛇観音像」が供養塔として建立されました。コロナ発生前の2019年まで、毎年10月に供養祭が催されてきたそうです。


さらに、国際毒素学会(1974年、東京)、毒蛇咬傷の疫学及び治療に関する国際セミナー(1980年、沖縄)、蛇類による人間及び野生動物の被害に関する日米国際会議(1992年、沖縄)など数々の国際学会の開催に蛇研が関わり、蛇研の名は海外に知れ渡りました。


堺さんの経歴については、2024年12月に発行されたジャパン・スネークセンター著「ヘビ学」(小学館新書)の中で、以下のように紹介されています。


「1978年島根大学卒業。文理学部生物学専攻。卒業研究の対象はクモ。蛇研入所後はヘビ毒の生体への作用、毒ヘビ咬傷および抗毒素による治療効果などの研究に没頭。84年に筑波大学医科学研究科にて病理学を学ぶ。(後略)」


右側の「ジャスト・パワーV2」は、陶陶酒本舗販売のマムシ・ハブ・ビタミン配合の清涼飲料水です。売店に売ってました。飲みやすい味でした。


「ヘビ学」では、堺さんが「第二章 ヘビ毒の怖~い話」を執筆されています。

その中で、「世界で最も多くのヒトを殺してきた生物をご存じだろうか」という問いがありました。以下に紹介します。


第1位は「ヒト」→有史以来、絶えず殺し合いを続けている。

第2位は「蚊」→マラリアやジカ熱などの病気を媒介する。

第3位が「ヘビ」→蚊と違い、「ヒトを殺す能力」を有している。


WHOの調査によると、世界では年間約180万~270万件の毒蛇咬傷事例が報告され、年に10万人前後が死亡しています。また約40万人が四肢の切断や腎不全などの障害を伴う状態になっています。1日あたりに換算すると、約4900~7400人が毒ヘビに咬まれ、そのうち300人前後が死亡していることになります。


「毒蛇咬傷による一日あたりの死者は全世界で300人」という数字は驚きでした。


堺さんによると、日本ではマムシによる咬傷は年間3000件超発生していると推測され、毎年、数人が死亡しているそうです。ハブ咬傷は年間70件ほどと減少傾向にあります。マムシの抗毒素(血清)は毎年3000本ほど製造され、ハブの抗毒素は3年ごとに数百本製造されています。製造は民間の製薬会社1社のみです。そもそも民間は採算が取れないと続けられません。


抗毒素は高価なため、常備していない病院も多いそうです。マムシの抗毒素の価格は、現在、1本約9万円、ハブの抗毒素は1本約24万円になっています。日本は医療保険が適用されますが、世界を見渡すと、そもそも抗毒素があるかどうかも不明で、仮にあっても金銭的に投与できないような国・地域は多いそうです。


スネークセンターでは、マムシとハブを飼育し、定期的に採毒をしています。日本で唯一、抗毒素の製造に必要な毒の供給を行っています。


しかし、「採毒をするためだけの施設」を維持するのは全く採算が合わないため、毒ヘビの展示をしたり、来園者向けのイベントとして「採毒ショー」などを実施しているそうです。


また、被害例は少ないものの、日本ではヤマカガシの咬傷の症状として出血が知られています。ヤマカガシの咬傷は年間十例程度と推定されており、抗毒素が必要になる重症例は年1,2件しかありません。しかし、現実に重症例や死亡例がある以上、抗毒素を用意しないわけにはいかないそうです。そのため、スネークセンターでは、ヤマカガシ抗毒素の製造に必要な毒の供給を行うという重要な役割を担っています。



堺さんには、2021年に悲しい出来事がありました。


ベトナムの病院から「2歳女児がヤマカガシ類に咬まれて重症になった。抗毒素が欲しい。」という電話を受けました。ヤマカガシ抗毒素は承認薬として認可されていないので、断らざるを得ないのですが、今回は各種手続きを慎重に確認をしたうえで、「抗毒素研究班による人道的な支援」として発送準備を進めたそうです。ところが、ベトナム政府による輸入許可が下りず、その子は亡くなってしまいました。


抗毒素の製造には、治験(臨床試験)が必要なのですが、投与を必要とする重症患者が滅多に出ないため、治験が実施できない、という問題が絡んでいるそうです。


蛇研、そしてスネークセンターでは、日々、そうした思いを抱きながら、抗毒素製造のための採毒を続けていることを境さんから教えていただきました。


ジャパン・スネークセンター著「ヘビ学」では、前述の堺さんの紹介文の最後に、さらに次の一文が続いていました。


無毒ヘビへの関心は薄く、毒ヘビにしか興味はない。


最初に読んだ時は、単純に、面白いな、くらいにしか思っていませんでしたが、堺さんが書いた「第二章 ヘビ毒の怖~い話」を読むと、毒ヘビの咬傷被害をなくしたいという堺さんの強い思いが込められていたんだなと気づきました。ちなみに、この「ヘビ学」は名著です。ぜひ読んでみてください。本ブログは、本書の内容と堺さんから直接お聞きした話をもとに構成しました。



1月5日(日)19:30放送のNHK「ダーウィンが来た」はヘビ特集でした。スネークセンターで毒ヘビの実験が行われており、さりげなく堺さんが登場していました。ご覧になっていない方は、NHKプラスなどで、ご覧ください。


今年は巳年ですので、多くの方が「ジャパン・スネークセンター」に足を運ばれることを願っています。それが毒蛇咬傷の被害をなくすことにも役立っていることを知りました。


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